画像クリックでAmazonへ

『聖女ジャンヌと娼婦ジャンヌ』

藤本ひとみ著、新潮文庫

  久しぶりの藤本ひとみ作品。表紙折り返しによるとフランス政府観光局名誉委員であり、フランス・ナポレオン史研究学会会員らしい。という事でこの本も舞台はフランス。

 もちろんジャンヌとはあのジャンヌ・ダルクである。ただし本書ではもう一人ジャンヌがいる。表題を読めば解るが、聖女としてのジャンヌがあのジャンヌ・ダルク。そしてもう一人が娼婦の方。ちなみに本書でジャンヌと言えば後者を指す。前者はラ・ピュセルという呼び名。多分英語だとa pure という感じ。処女という意味らしい。
 著者の今まで読んだ作品『ブルボンの封印』『ハプスブルグの宝剣』『聖戦ヴァンデ』では主人公は美青年であり、これまた美青年貴族がたくさん出てきた。今回は女性が主人公。しかも娼婦。表題では二人が主人公っぽいが、どうみても娼婦ジャンヌが主人公。
 そして今まで読んだ作品と大きく異なる(と私が思っている)のは、単なるヒーロー物では無い事。裏に流れて一貫して描かれているテーマがある。「神」。ご存知の通りジャンヌ・ダルクは”神からフランスを救えとお告げがあった”為に戦いの中に身をささげた。反対に娼婦ジャンヌは元々神など信じていない。


 物語はフランスの都市オルレアンがイングランド軍に包囲される所から始まる。ジャンヌはその頭のよさと行動力と美貌と手腕で娼館を経営していた。ピークは過ぎているもののまだ女としての魅力は衰えていないので自分でも稼ぐ。しかしイングランド軍が攻め込んできたらもちろんそんな生活は終わってしまう。後に巻き込まれる宮廷闘争に比べればその街を逃れるために必要なコネは簡単に手に入った。身体一つで(女の能力を使った駆け引きも含まれるが)。そういえば娼館も主になれたのもその方法だった。

 そうして危険な街を脱出。行く先はシノン。自分を神の使いと名乗る少女が王太子に面会を求めている。そして王太子は色々と弱い立場にある。ここから娼婦ジャンヌの壮大な野望が始まる。簡単に言ってしまうと助言をしつつ王太子を正式なフランス国王にして富と権力を持たせ、自分はその愛妾に納まる。
 隙を見て宮廷に入り込み王太子シャルルとその義母ヨランドの前でまずはラ・ピュセルを利用した王太子復興計画を提案。しかし一気に前に出ることはしない。まずはヨランドに気に入られること。いや、気に入られるのは無理。役に立つ女かつ自分を潰すほどの野望は持っていないと思われること。

 ジャンヌの計画の前提、イングランド軍に包囲されているオルレアンを開放してシャルルの名声を上げる。その為にラ・ピュセルと共に過ごす。ラ・ピュセルは神への信仰を声に出して言うが、ジャンヌはそんなもの信じていない事は言わない。一番重要なのはラ・ピュセルを操り、フランス軍を勝たせること。
 戦いの中にあってもラ・ピュセルは信仰を止めない。兵士が死んでもそれは「天に召された」と特に気にしない。売春婦に対しても信仰から外れるという事で容赦ない。ラ・ピュセルに感化されたか命令されたか、ジャンヌの同僚にも被害が及ぶ。確か『海と毒薬』(遠藤周作著)の中だったと思うが「この女は自分が天使でいるためにどれだけ回りの人間を傷つけているか気づいていないのだ」という言葉があったのを思い出す。
 その信仰の是非はさておき、ラ・ピュセルに感化して神の元に一つになったフランス軍は強かった。瞬く間にイングランド軍に奪取された都市を取り戻していく。

 「狡兎死して良狗煮られる(By韓信)」のは秦末期の中国だけではない。この時代のフランスにおいてもそう。宮廷闘争渦巻く中にラ・ピュセルはいたわけで、さらに敵とは言え同じキリスト教のイングランド側からもこのまま神に逆らった賊軍でいられるわけもなく、ラ・ピュセルは異教徒扱いで幽閉。ジャンヌもスパイ扱いされ拷問にかけられる(まぁ、確かに最初はスパイしてた)。

 そして処刑執行。「神は沈黙を以って応える」(確か『沈黙』遠藤周作著)のだった。


 本書では、藤本ひとみ女史お得意の宮廷闘争描画、中世戦闘描画に加え「信仰」という事柄に関する描画も楽しめる。ジャンヌの身体を駆使しての宮廷闘争は見所の一つ。方法の是非は置いておいて、その物事をやり遂げようとする意思や忍耐力、胆力は素晴らしい。そして「信仰」に関する描画。二人の女性の極端な信仰を物語の中で上手く対比させてそのテーマの輪郭を浮かび上がらせている。
 そしてやっぱり藤本ひとみ作品。愛もテーマの一つとして物語の中に潜んでいる。前面には出ていないが、所々に現れては絶妙なインパクトを与えている。詳細は本書で。この愛はあまり著者の他作品では見ない愛と思う。ちょっと新鮮だった。

2006/01/24(Tue)〜2006/01/26(Thu)


目次

第一部
 第一章 ジャンヌ二人
 第二章 脱出なるか
 第三章 神の使いを名乗る処女
 第四章 王太子の愛人
第二部
 第一章 暗殺指令
 第二章 オルレアンの危機
 第三章 指揮官たちの陰謀
 第四章 真夜中の訪問
 第五章 奇跡の演出
 第六章 軍部独走
 第七章 胸に燃える火
第三部
 第一章 砦サン・ルー攻略
 第二章 神の旗の下に
 第三章 出撃を阻むもの
 第四章 勝ち誇る敵軍
 第五章 決戦か撤退か
第四部
 第一章 罠
 第二章 救国の天使の野望
 第三章 伏流の行方
 第四章 聖別式の夜
 第五章 魂を売った女
第五部
 第一章 転落のかけひき
 第二章 神を信じる
 第三章 ルーアンの青い空